気がつけば八月も半ば。月日が過ぎるのは本当に早い。
私は今、シャモニでの一ヶ月半住み込みのアルバイトを終えて、カーンへ戻る旅路の途中です。待ち時間合わせて10時間。ここに来る時もそうしてきたんだ。あれから約2ヶ月が過ぎたのか。早いなあ。今回はシャモニでの日々について書こうと思います。
シャモニは本当に小さな街で、そのくせアルプス山脈ふもとの観光地なもので、街のほとんどが登山グッズ屋だのレストランだのホテルだので埋め尽くされている。シーズンの時期に行ったせいもあるだろうけど観光客がわんさかといた。街を歩けば日本人のじいさんばあさんのツアー団体に嫌でも会う。
わたしがそこに電車でついたのは夕方だった。シャモニへの電車は山の中を行き、最後は崖を縫うようにして超低速で進んだ。正直とんでもないところに来てしまったのではと後悔したけど、仕事に関してはそんなに不安はなかった。一応レストランでの経験もあるし、接客業も得意な方だと自信を持ってた。
わたしが働いたSATSUKIはシェフもスタッフも日本人の純日本料理店で、観光ガイドなんかにも載っている結構有名なところ。日本のテレビにも何回か出てるらしい。そんなシーズン中の街の、そんな有名なお店、というのは予想以上に大盛況だった。
結局わたしはそこで自分の出来の悪さを痛感した。言われた事しか出来ない、機転が利かない、仕事が遅い。常識で考えたらこんな事しないだろうという事を平気でやる。頭を動かして働いてない。それゆえ信じられないようなミスも連発。新人とはいえもう少しまともにできるだろうと自分でも思う。始めはそれがとってもつらかった。注意を受けるのも小言を言われるのももちろん辛いけど、みんなに迷惑をかけてる事実が一番こたえた。完璧な足手まといだった。そんな自分が嫌でしょうがなかった。
そりゃあ新人だから、迷惑かけながら教えてもらって覚えてくってのは当然の事かもしれないけど、あの店にはそんな余裕はなかった。できるだけ物事を完璧に済ませないと店の回転が追いつかないほど流行ってた。
そんな中の新人だから、文句を言われる事もとばっちりを受ける事も多々あるし、ある人にはたぶん嫌われてた。それでもSATSUKIのみんなはほとんど理不尽なことは言わないし、おこられる時は確かにわたしが悪い時だった。きちんと教えてもくれた。ONとOFFがしっかりしてて仕事以外で話す時はみんなでわいわいして仲良くしてくれた。
だから余計に足手まといが嫌だったんだ。そんな精神的な疲れと、一日14時間働いて週休1.5日(!!)というハードワークのせいで、当時のわたしは酷い顔をしてた。宿がルームシェアで、プライベートの時間がほとんどないというのもしんどかった。聞いた話によると、社長はいつわたしが辞めるだろうかとハラハラだったらしい。
仕事の内容とは別に辛い事があった。SATSUKIで働いてる期間はほとんどフランス語を話す機会がなかったこと。スタッフは一人を除いて日本人だし、フランス人のお客さんとも決まったセリフを繰り返すだけ。わたしは何の為にフランスにいるんだ?こんなに体をすり減らしてお金を稼ぐ事が、たった一年しかない留学中にやるべきことなのか?そもそもフランス語の勉強ってなんなんだ?SATSUKIで働いてる人は学校で勉強なんかしなくてもみんなわたしよりずっとペラペラだ。フランス人と結婚して、フランスに住んで…。仕事もできない、フランス語もわからない、じゃあわたしは何ができるんだろう?わたしがしてる事って全くの無駄で間違ってることなんじゃないの?
っていうめちゃくちゃな考えが頭から離れなかった。訳分からないけど辛すぎて、人目を盗んで何回か泣いた。真っ暗の中ひとりで店のゴミを捨てに行った時、仲良く手をつないで寄り添い歩く夫婦を見て、すっごく虚しくなった。
と言う感じでこの最初の一ヶ月くらいは本当に脳が腐ってた。それでも仕事に慣れるにつれて考えも多少まともなものになっていったと思う。the pillowsをリピートしまくってわたしが出した結論としては、全てを選んでここまで来たのはわたしだということ。さらに選択の権利があるというのはとても幸運な事だという事。つまり、幸せな事に自分で物事を選んで生きれるんだから、自分の選択には責任を持たなくちゃ、と思ったわけ。誰かや環境に文句つけたって意味がない、あとは自分がしっかりやるべきだ。c'est moi qui a choisi.って事。言うまでもない当然の事なんだけど、つい忘れてしまうんだ。だめだよな。だから忘れないように、そう決めたときに目に留まったペンダントを買ってみた。石の5ユーロのしょうもない安物だけど。とりあえずSATSUKIが終わるまではお守り代わりに着けとこうと。
まあなんとかこうとかして、わたしの仕事期間は終わりを迎えたわけです。最後の方は割と楽しく働けた。みんなほんとに仲良くしてくれた。わたしが最後の日に、明日も仕事早いのに一緒にお酒飲んで話してくれたり、プレゼントもらったりもした。いい年の大人がFacebookに友達申請してきてくたり。なんだすぐ帰っちゃうのか連れないな、とか言ってくれたり。地元が近い人は、日本帰ったら連絡するって言ってくれたり。
最初は嫌いだったこのシャモニの谷に、フランスにいる間にこの人たちに会いにもう一度来たいなと思うようになった。本当にたくさんの経験をしてたくさんの事を考えた。そう、わたしはフランスに、フランス語の勉強だけをしに来たのではないんだった。わたしはFranceのChamonixでしか出来ない事をしてきた。それなりにがんばった。
そんな感じで、今日も今日とて留学の日々を過ごしているわたしです。もうそろそろカーンにつきます。久しぶりのわたしの街、わたしの部屋。友達が駅まで来てくれる。気がかりは、共同冷蔵庫の南京錠の番号忘れちゃった事。開けれないじゃん。ていうかわたし中身全部ちゃんと捨ててったっけ?そうじゃなかったら、まあ地獄絵図だなあ。あとポスト見るがとんでもなく嫌だ…。いろんな重要書類でぎっしりな事でしょう。
頑張ります。
ではまた。
