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2012年2月20日月曜日

2月19日

お久しぶりです。なんだかんだでもう二月も後半。
あれほど頻繁に更新してた頃を考えると、こっちの生活もだんだん充実してきたんだなあと。


でもたまには、未来の自分へ近況報告といいますか。
記憶力の乏しいわたしは文に残しておかないと忘れちゃうからね。


最近の授業には慣れてきました。未だ聞き取りは悪いけど、作文ははたまにほめられる。
さすが日本人。


でもフランス語に触れるのって本当に授業内だけ、って感じでちょっとものたりない。
クラスのアメリカ人は、かたまって英語コミュニティ作っちゃってるし。
ほんとなにしに来てんの?
中にはフランス語で話しかけてくれる子もいるんだけど。


まあその大半がわたしよりフランス語達者という厳しい現実です。


ふらんこじゃぽねっていう日本人とフランス人のサークル?にも入ったけど、正直微妙。
そこもフラ語まじりの日本語で楽しくおしゃべりって感じ。
なにより、みんなおバカっぽい…。年上には思えない、高校生みたい。いかにも外国に来て浮かれた学生って感じ。
ここも、なにしに来てんの?
中にはしっかり自立してお話出来る先輩も数人いるし、フランス人はみんないい人でおもしろいんだけど。
うーん、
まだしばらくは様子見だなあ。
フランス語に触れる機会がよそで出来たら、やめるだろうな。


クラスで仲良くなった人は28歳と44歳でした 笑 みえない。
それぞれの母国語なまりで話すから、お互い割りとチンプンカンプンだけど
けっこう楽しい。
二人とも頑張り屋だから上達早いだろうな。わたしも頑張ろう。


今日はそのふらんこじょぽねで、隣街のカーニバルへお出かけしてきた。
カーニバルは日本のお祭りをポップに陽気にしたようなもの。
おみこしじゃなくて、でっかいなにかが仮装した人たちと街を闊歩します。
紙吹雪が尋常じゃないくらい舞ってた。たぶん掃除なんかしないんだろうな。
愉快だった。
しかしこっちのひとの仮装って、サマになるなあ。日本人がやったらギャグだもの。





































でも実はカーニバル自体より、行く途中の電車から見た景色の方がお気に入りで。

畑でも何でもない草原がザアって遠くまで広がってて、
ぽつぽつと民家やサイロや集落なんかがあって、
馬や牛や羊も放牧されてたり、みたことない木が生えてたり。

今になってやっと外国にきたなあ、という気になった。日本にはこんな無駄な土地はない。
そんな辺境の地で電車が止まるとつい降りたくなっちゃったけど、ここは我慢。
すっごくきれいだった。

人によると、南に行けばこの景色は山脈になるらしい。旅をしたいな。



今日はいい夢がみれれますように。

2012年2月5日日曜日

2月4日

今は2フランスは午後9時。

無事ネットもつながり、落ち着いた。
つながったばっかりの時のわたしと言えばひどいものでした。やっとみんなに連絡できて、たっちゃんと連絡とれたら、今まで平気だったのに急にさみしくなった。
しかもネット環境が安定してないから何回も繋がらなくなって、その度にもう二度と繋がらないんじゃないかって不安になって怖くなって何回も泣きました。
学校が始まったばかりで、知り合いがほとんどいない状況で心細かったのも相まってね。


今ではネットのコツも分かってちゃんと繋がるし
なんと諦めかけたスカイプもできたのだ。
本当によかった。これなら一年やっていけそう。やっていこう。たっちゃんパワーは偉大である。

生活の方にも慣れてきた。
まずは授業。
アメリカ人4人、ノルウェー人、モンゴル人、韓国人、ベネズエラ人、あと聞き取れなかった国籍の方数名で日本人のわたし。
始まったばかりの時は、みんな超聞き取るしペラペラしゃべりよる無理ついてけねー!!って思ったけど、
落ち着いて聞けば、実は文法無視で勢いのみでしゃべってることが判明。
しかも恐ろしく母国語なまりの。
(人の事はまったく言えない。)
聞き取ってくれる先生がすごいんだな、やっぱり。

ああいう度胸は是非見習おうと思った。
まあ本当にペラペラな人も中にはいるのだけどね。

精進せねば。

一人?暮らしも板についてきて、道具も揃ってきたから
普通にいい生活を送っています。意外と。

偶然知り合った日本人の先輩に親切にしてもらえて
(この人がほんとに朗らかでかわいくて天使のようである。)
一緒に映画見たり、物資を分けてもらったりした。
本当に助かったしもう大好き。大感謝。

ここの不便な台所事情にも慣れて、料理も効率よく出来るようになってきた。
ちゃんとした温かいものが食べれるって素敵ね。料理がすきでよかった。
きのうはカレーもどきをたべました。おいしかった。

ただ昨日今日と休みだった訳だけど
日本では土日は基本バイトしてたわたしにとって
二日のなにもない休みと言うのはとっても手持ち無沙汰で
食べてはネットしたり、食べては本読んだり、食べては昼寝したりして過ごしてた。
気がついたら夜になってて、短いような長いような妙な感じだった。

うーむ、やっぱり一年って途方もないのかも。
と思ってしまうね。
今だけか。もっと慣れたら毎日が忙しいかな。

まだわたしには先がみえない。
まあでものんびり構えてやりますよ。

BGMはペトロールズの夜中の数学。

2012年2月2日木曜日

30日


カーンでは夜中に人知れず雨やら雪やらが降るみたい。だって昨日の夕方までは晴れていたのに、朝になってみると外はぐっしょり。水溜りもできてる。

あ、でもまた雪降ってきた。
夜に雪が降って朝には溶けるのかな。

今日はオリエンテーションです。10:30から。
もしかしてこれからの授業もこんな感じなのかな。いやん朝ちょー楽じゃん。
ちなみにフランスは朝9時を過ぎてやっと空が白み始めるくらい。外にはランニングしてる人以外は見当たらない。代わりに夜は1月にもかかわらず6時くらいまで日が残っています。変なの。

BGMはJim hall でした。行って来ます。



サラに恋をして
オリエンテーション行って来ました。何言ってるか全くワカンネー!生徒のみんなも英語で仲良くおしゃべりしないでー!
昼で終わったので、帰ってきてスープ作りリベンジ。今度はうまくいきました。おいしい。
ここで初めて会ったオサムがあまりにもフレンドリーだったから結構なギャップなんだけど、普段みんなは廊下や台所で人と会っても短くBonjour だけみたい。
で、みんなまともな料理はあまりしないらしく適当になにか茹でて部屋に持っていって食べてる。
これはちょっと残念。みんなと仲良く料理したかったなあ。

と思いながらジャガイモ煮込んでたら、台所に一人の女の子がBonjourって素敵な笑顔で入ってきた。
その子はおもむろに袋からフライパンとフライ返しをだし、いっぱいに詰まった冷蔵庫から食材を取り出した。

この子料理する!しかも優しそう!
なんかどきどきして(芋が煮上がったことを自分の言い訳にして)わたしは部屋へそそくさと帰ってしまいました。ばか!

次会ったらきっと話しかけよう…!
勝手に彼女をサラと名付けました。おわり。

30日 夕方
それから学生証作ったりなんなりした。これでネットを繋げるためのIDとパスワードはゲットしたのだけど、どのみち明日の朝にならないと使えないらしい。なのでケーブル購入の旅はまた翌日に持ち越し。連絡とれない日々が続く。いろんなひとに心配かけてるのだろうな。

代わりにまた近くのスーパーへ買い出し。ティッシュと胡椒と…卵!タンパク質タンパク質!
まったく、下手に栄養学とかやるもんじゃないね。

今週は授業半日で終わるみたい。徒然草もびっくりのこのつぶやき大全集もそれまでは続くかな。
あ、通常授業は8時半からだった。ぎゃふん。

29日

今のBGMはバックホーンの運命複雑骨折。フランス来て分かったことが一つ。寂しい時とか辛いとき、どうしてもハナレグミやくるりを聞きたくなるけど、いつまでもしんみりしていても仕方ないから、いっそのこと9mm とか聞けば吹っ切れるw
(wの使い方はきっとこれであっているはず。)

朝になって、ずっと部屋にいても状況はよくならないので飲まず食わずの体に鞭を打ち、町に散策へ。日曜でもやってる奇跡の店を探しに…!

ありました、supere marché 『Belle France』! 小さめの店だけど食料もトイレットペーパーも買えて一安心。この感動といったらもう。大学の受付の人にも、日曜はお店やってないよ〜って言われたから諦めてたのに。

とりあえず部屋に戻って食事にがっつく。これがフランスでの初・自炊となりました。なんか変なブイヨン買っちゃった。コンソメがないんだもの。塩っからいスープを作った。
とにかくよかった、生き返った。















…
で、今に至る訳です。落ち着いたらまた町へ散策に行きます。通りからカーンのお城が見えた。こんなに近くにあるとは。

ここまでやってきて自分のフラ語力の低さを痛感。分かってたけど、生活も危ういレベルだ。こっちの人は、わたしがフラ語が得意じゃないと分かったら「can you speak English ?」って聞いてくる。
これは非常に悔しい。まだまだだなあと思う。当たり前か。いやそうなんだけど。
結局英語の方がチンプンカンプンなわたしはノ、ノン…って相手を困らせては歩いております。
でもみんなやさしいからなんとかやっていけそうだよ。フランス人はよそ者に冷たいだの言った人は一体誰なんだろう。確かに日本人みたいな愛想のよさはないけど(日本人はそれを冷たいというのか)、こっちが話せば返してくれるし助けてくれる人もいるもの。

もうしばらく、慣れるまでは大変だと思うけど頑張ろう。

ネットを繋げるにはなにやらケーブルがいるらしい。明日オリエンテーションが終わったらトラムに乗って大きなスーパーへ行って「can you speak English?」
って聞かれながら買ってきます。近くのBelle France では揃わなかった物資も調達せねば。

ていうかトラムの乗り方も不明。どこかでカードを購入せねばならないっぽい。どうなる明日のわたし!

28日



次の日はホテルに荷物預かってもらってリヨン観光!と思ってたのだけど、町が空港からだいぶ離れてたので断念。
なにもない空港で5時間暇つぶし。このとき食べたレーズンパンがあとでこんなにありがたみを持つ事になるとは。
お連れの男の子が財布をなくし、ひと騒動だったけどホテルのベッドの下に落ちていたらしく無事見つかりました。よかったね。


リヨン→カーン
カーンに着きました。とてもちいさな、こぢんまりした空港だった。そこからきれいなお姉さんが運転するタクシーに乗り、カーン大学へ。そしたら休暇中だからって大学内どこも閉まってるの。指定の建物に行ってみても真っ暗だし。

オワタと思ってたら、運転手のおねえさんが通りすがりの学生に質問してくれて、なんと開いている受付に連れてってくれました。しかも受付の人に話通してくれて。まじ神。生まれて初めてチップというものを渡しました。2€じゃ足りねえと思いながらも小銭がなかったのでそれで。というか幾らくらいが相場なのかも知らないし。おねえさんありがとう!

そしてやっと寮到着!長かった、長かったよ。でも実は本当に長いのはこれからだったのです。

部屋の鍵開けるのに手こずってたら、ちょうど向かいの部屋のひとが出てきて助けてくれた。シリアからきたオサム(綴りは知らない、というか発音にも自信がない)。帰り際に、ネットの繋ぎ方とか困ったことあったら言ってね、と言ってくれた。やさしい…。

寮の部屋自体は結構よかった。痩せた体でよかったと思わずにはいられない細い筒型のシャワー室も洗面台も、割とすぐお湯が出た。部屋にはお湯の配水管?が通っていてあまり寒くない。ベッドに毛布にシーツ、引き出し付きのデスク。窓もある。台所はフロアで共同、冷蔵庫の中が個人用に小さく区切られていて鍵をかけて使う。
広くはないけどなにより改装したばかりとあってなかなかきれいだった。

でも当たり前だけどそれだけじゃ生活はできないのね。食べ物も飲み物も、トイレットペーパーも、なんにもない。思えば今日口にしたものといえば、朝食べたレーズンパンひとつとコーヒー一1杯。前日も夜は食べずに寝ちゃったし。ストレスとか緊張で空腹を忘れてたけど、外国を歩き回った体は疲弊しまくり。見知らぬ土地で今ある食料は、やたら変な匂いのする水道水のみ。
 
さらに絶望的なことに次の日は日曜日。おフランスにはコンビニもないし日曜はお店はほとんど閉まっているのです。こんどこそオワター!

もう知らん、もう知らんでふて寝。暖かいシャワーがなかったら泣いてたかもね。

フランス上陸


1月29日 12:25
やっと一息ついたから、これまでを記録におこそう。未だインターネットの環境は整ってないからしかたなくWordで書いておいて、あとでアップするね。

27日
セントレア→フランクフルト→リヨンで、待ち時間合わせて20時間くらいかけてなんとかフランスに上陸!
キャビンアテンダントさん(多分ドイツ人)に機内食の希望を英語で聞かれたのだけど、Japanese orの後が聞き取れなかったからやむなく日本食に。
「じゃ、じゃぱにーず ぷりーず…」 いいもんね、しばらく日本食たべられないもんね。
うなぎの蒲焼きでした。すげえ。


リヨン着いて、外は真っ暗。予約したホテルは「空港のすぐ隣」とは聞いていたけど詳しい場所は知らなかったからうろうろ迷子になった。
結局、ホテルは隣というかほぼ空港内にあってくたくたになりながらも宿にありつけた。

びっくりするほど豪華なお部屋だった。なぜかベッドふたつあるし、バスルームはガラスのスケルトンだし、バスタブあるし。飛行機のなかでも思ったのだけど、こっちのトイレの便座はなんか位置が高いのです。ああなるほど、日本人とは脚の長さがちがうのね。座りにくいったらないわ。
その日は疲れてたからご飯も食べずにすぐ寝ました。