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2012年11月2日金曜日

11月1日

勉強は大事だ。
だって得体の知れないものって怖いじゃない。ほんとは怖くないものでも。
そしたら簡単に嫌いになってしまう。

知ってたら近づける、分かろうと思える。すきになれる。

知ったからこそ嫌いになることもある。
でも食わず嫌いよりずっといい。



そう思った今日でした。

2012年9月14日金曜日

旅行記 フランス東部編 2012/6/6-13

旅行記です。6月の旅行なのにちょっとずつ書き溜めてたら今になってしまった。前回の更新とは時間が逆になるけどまあしょうがないね。

・・・

学期が終わって、なんともう夏休み。最高気温20度とかなのにもう「夏」休み。早い、そして長い。5月末から9月頭までだから4ヶ月近く休みがある。でもまあなんだかんだその間にやる事も決まっているので、またあっという間に過ぎて行くんだろうな。

そう、アルバイトをします。Chamonix という南西の方の町の日本料理店で住み込みで働く。そして今はそちらへ向かう為の電車の中。待ち時間を合わせるとなんと10時間の長旅。フランスに渡るときに荷物すべて詰めて来たどでかいスーツケースを引きずり、フランス横断中でございます。
忘れ物ないといいなあ…。

さて、電車の旅はまだまだ長いので、この間の旅行の記録を残そうと思います。
6月6日から6月13日にしたフランス東部を巡った旅。自分の記憶に残す為のものだから、面白い、面白くないに関わらず出来るだけ細かく書き残そうと思う。覚えている限りで。


余裕こいて前日ギリギリに荷造りをしていたら、8日間分の荷物は予想以上に多くてなんとリュックに入りきらないという事態に。荷物が少ない事で有名なこの私が、最大限まで減らしたにも関わらず!という訳で走って町へ行って大きいリュックを調達しに。その後夕方から人と会う約束があったから本当に焦った、急いだ、走った。なんでもゆとりを持って行動しないといけませんね、はい。

Cean→Paris でMさんと合流し、いざStrasbourgへ!

6月6-9日 ストラスブール

そんなに大きくない町で、中心部が分かれた川に囲まれていて島のようになっていた。独特な木枠の飾りついた家々が可愛らしいすてきな町。川沿いには柳のかかる歩道があってゆっくり歩ける。船に乗ってガイドを聞きながら町をぐるっと一周もできた。橋には花が飾られていた。ドイツに近く影響を大きく受けているので、今まで見たフランスの街とは全く違う町並みだった。というか正直な所フランスよりドイツの方がオシャレじゃんずるい!とまで思ってしまった。それくらいきれいな街だった。
ノートルダム大聖堂:馬鹿でかくて、かつ細かい細工がびっしり施された教会。ここのステンドグラスは逸品だった。ガイドブックには、中の大時計は12時30分になると仕掛けが動くからくり時計だと書いてあったので、わざわざ時間をあわせて行ってみた。立派な装飾がなされた高さ10メートルはある大時計の前にはもうすでにたくさんの見物客が。みんなの期待の眼差しを浴びながら時計はついに12時30分を打った、、、打ったけど、、、
…あれ?と思ってよく見たら時計の上の方の部分の人形がくるっくるっと回ってた。そしてとまった 。
そう、それだけだったのです。他の観光客のみんなも信じられずなかなかその場からはなれない。まだなにかあるんだろ?これで終わりなんて言わないだろ?て顔で時計を見つめるみんな。しーん、っていう音が聞こえた気がした。
残念な事に本当にそれで終わりだったんだけど、なんだかこの拍子抜け感がとても楽しかった。

がっかりといえば、アルザス地方名物のロレーヌ風キッシュ。塩味の利いた味が特徴らしいとMさんが熱く語っていたのでわたしも挑戦。やっぱり本場はおいしいんだろうなと思って食べたら、なんていうか、からかった。塩味きいてるとかいうレベルではなく塩っ辛かった。おいしくはなかったけど、これも旅らしくてわたしは好きだ。勝手に作り上げた理想像ががらんがらんと崩れる感じ。逆もまた然り。百聞は一見にしかず。ううむ。

ストラスブールで忘れちゃ行けないのが、欧州国際連合の本部を見て来た事。建物内には入れなかったけど敷地内には入って見る事が出来た。円形のイタリアのコロッセオみたいな形でガラス張りのつるつるした建物。本部っていうからばかでかいビルが幾つも連なってるようなイメージがあったけど、思ったよりは小さめだった。思ったよりは、というだけで十分大きかったけども。この日は大雨と雷だった。

次の日はドイツのbaden-baden。なんだか国境を渡ってみたくて、ストラスブールから独りドイツの隣町へ。この日も生憎の雨模様。当たり前だけどバスの時刻表とか看板とかがドイツ語で書かれていて読めないし、天気は悪くて薄暗いしなんだか不安になった。そうだ、たしかフランスに着いたばかりの頃もこんな不安な気持ちだった。電車でたった一時間の距離なのに、そこはすでに馴染みがない「異国」だった。
ここの記録はノートに書き留めてあるのでそれをそのまま載せます。今読み返すとめちゃくちゃな文章だけど、まあいいんだ。








次はディジョン。


マスタードとカシスが特産の街。じゃらじゃらした感じの町並み。大きくて割と都会のくせに、トラムが走ってなくてバスか徒歩の移動だった。ここに留学してるBちゃんと駅で待ち合わせして、街案内をしてもらった。
マルシェを見たり、美術館をみたり、市庁舎の塔の階段をひたすら登って展望台にでたり。ここが本当に長い螺旋階段で登るのも降りるのも一苦労だったけど、そこからの景色はそれに十分値するものだった。ディジョンの街全部と、遠くには近郊の町も見えた。足がパンパンになったけど、まあ頑張ってよかったよ。Bちゃんにはつき合ってもらっちゃって悪かったけど。
夜はBちゃんに教えてもらったおいしくて安いレストランでブルゴーニュ地方のエスカルゴを食べて、キールを飲んだ。朝ご飯にはフランスで賞をもらったパン屋さんのサンドイッチ。普段お土産なんて買わない人間だけども、この時ばかりはマスタードとカシスのリキュールを購入。ここは美味しい街だった。

翌日はディジョン近郊の町、ボーヌへ!

この記録、ちょっとずつ書き足してっているうちに、なんと今はもう九月。夏休み頭に書き始めて、夏休み終わりまでかかってしまった。早く書き上げなくてはどんどん忘れて行ってしまう。他の旅行もしたからそっちも記録したいのに。

ボーヌ
ボーヌまでは電車で1時間だったかな。ワイン産業が盛んなちいさな街。そこにはhôtel dieu という5百年も続いたという病院が。その機能は別の土地に移されて、今は当時病院だった頃の博物館になってた。ある資産家が貧しい人々を助ける為に病院を立ち上げて、病院所有のぶどう畑で作るワインの売り上げで運営してたらしい。日本語の音声ガイドがおもしろかった。
ワイン市場にも行って来た。地下の貯蔵庫に入って行いくと、ずらっとワイン樽や瓶が並んでて16種類のワインが試飲し放題だった。基本的に飲み込まず、味を見たら吐き出すものらしい。それ用の樽もあったけど、なんかもったいなくて全部飲んでしまった。もちろん出る頃には若干酔っておりました。ワインをいくつか飲み比べたのなんて初めてだから、こうも味が違うものかと驚いた。ただどれがおいしくてどれがおいしくないのか、わたしにはよくわからなかったけど。ワインと向き合うにはまだまだ子供のようです。とにかくいい経験だった。試飲に使ったかわいいミニカップをお土産にもらった。タストヴァンっていうらしい。
帰りはバスでディジョンまで。街の外には広大なぶどう畑が。静岡の茶畑みたいに延々と続いてた。ワイン用のブドウの木って意外と背が低いのね。天気はよくなかったけど良い所だった。

翌日は電車に遅れそうになりながらもなんとかリヨンへ!ここでMさんとはお別れ。もう日本に帰っちゃうからもう少しきちんとお別れしたかったけど駅着いたらそれぞれの電車へ一直線だった。ありがとうございました。


リヨン
駅着いたらKくんと待ち合わせ、彼に案内してもらい都会を堪能しました。なんとリヨンもメトロが走ってんのね。空港もあるしトラムも地下鉄張り巡らされてるし、パリに次ぐ街と言われても納得だった。
ここではホテル関係で非常に苦労した。1泊目は、地図通りに行って看板も出てるのにアパートの入り口しかない、しかもオートロックで開かない、番号に電話しても誰も出ない。結局その辺りをぐるぐるしたあげく、アパートの住人に助けてもらってなんとか中に入ったら、中に受付が。なんでそんなとこにあるんだもうやだ。2泊目はネットにはチェックインが24時までって書いてあったから21時くらいに着いたら、受付もうしまってた。19時までとか書いてあった。結局チェックインできず他の宿を探したけど都会だから、どこも一杯だし空いてる所は3つ星とかの高級ホテルだし。まあすでに暗い中歩き回ってなんとかホテル見つけたけど(かなり怪しい所だった)、後日その閉まってたホテルからキャンセル料の請求が来た。ふざけんなこのやろうフランスって本気で思いましたとさ。

まあそれはいいとして。ゴンドラみたいな乗り物で丘の上のフルヴィエールという教会に行った。そのライトアップされた姿もさることながら、そこから見下ろすリヨンの夜景がとてもきれいだった。kくんは友達のお別れ会とかにここに来てみんなで街を見下ろすらしい。こ、これが都会っこ…!カーンとは明らかに過ごし方が違うようです。そこからの帰り道、道路になにかたくさんコロコロと大きめの石?が転がっていた。何かと思ってよく見てみたらなんと

エ ス カ ル ゴ !全部、ぜーんぶエスカルゴ、ていうかカタツムリ(その半分以上はもう踏まれてつぶr)。しかもその先の道ずっと続いてるの。…ぞっとした。いくらブルゴーニュの名産とはいえ、こんな風な出没は望んでないよ…。


翌日は近郊の町 ペルージュへ!
バスでゴトゴト30分くらい。なにもないバス停で降りて、15分ほど歩いて登ってくと、丘の上に石垣で囲まれた小さな小さな集落が。そこがペルージュ。15分あれば歩いて一周できてしまうくらい。通りや家がすべて石造りになっていてツタ性の植物が広がって絡み合ってた。村の中心には広場のようなスペースがあってそこに大きな木が一本立ってた。足下がごつごつの石畳だからあるくだけで常に足つぼマッサージ状態。なんていうかおとぎ話の主人公が生まれた町って感じ。こんな所本当にあるんだなと思ってワクワクしっぱなしだった。

旅行最終日は再びリヨンで、ドでかい公園?へ行った。延々と広がる芝生にバラ園、植物園、動物が飼育されてるスペースも。とにかくでか過ぎて歩いては全部回れなかった。こんな都会にこれだけの市民の為のスペースがあるってすごいことだな。みんな思い思いにスポーツしたり寝っ転がったりしてた。いいところだ。
あとミニチュア&シネマ博物館。ミニチュアの館や部屋、牢獄なんかの展示と、映画のセットや小道具の展示があった。映画parfumのセットがド迫力だった、映画見てないから残念だけど。あと猿の惑星やプレデターなんかの撮影用かぶり物とか、トムクルーズの顔石膏とか。なかなか映画好きにはたまらないところだった。
そういえばリヨン名物のクネル?とかいう白身魚のつくねの何かを食べたけど、あまりおいしくなかった。多分料理が悪いのでなく、レストランがいまいちだったんだな。やっぱり観光地で人が集まる所のレストランは総じて美味しくないところが多い。ちょっと中心から離れてても地元の人がいる所に行くべきね。旅行の鉄則。

こんな感じで旅行を終えて帰路につきました。

2012年8月17日金曜日

帰還


気がつけば八月も半ば。月日が過ぎるのは本当に早い。
私は今、シャモニでの一ヶ月半住み込みのアルバイトを終えて、カーンへ戻る旅路の途中です。待ち時間合わせて10時間。ここに来る時もそうしてきたんだ。あれから約2ヶ月が過ぎたのか。早いなあ。今回はシャモニでの日々について書こうと思います。

シャモニは本当に小さな街で、そのくせアルプス山脈ふもとの観光地なもので、街のほとんどが登山グッズ屋だのレストランだのホテルだので埋め尽くされている。シーズンの時期に行ったせいもあるだろうけど観光客がわんさかといた。街を歩けば日本人のじいさんばあさんのツアー団体に嫌でも会う。
わたしがそこに電車でついたのは夕方だった。シャモニへの電車は山の中を行き、最後は崖を縫うようにして超低速で進んだ。正直とんでもないところに来てしまったのではと後悔したけど、仕事に関してはそんなに不安はなかった。一応レストランでの経験もあるし、接客業も得意な方だと自信を持ってた。

わたしが働いたSATSUKIはシェフもスタッフも日本人の純日本料理店で、観光ガイドなんかにも載っている結構有名なところ。日本のテレビにも何回か出てるらしい。そんなシーズン中の街の、そんな有名なお店、というのは予想以上に大盛況だった。

結局わたしはそこで自分の出来の悪さを痛感した。言われた事しか出来ない、機転が利かない、仕事が遅い。常識で考えたらこんな事しないだろうという事を平気でやる。頭を動かして働いてない。それゆえ信じられないようなミスも連発。新人とはいえもう少しまともにできるだろうと自分でも思う。始めはそれがとってもつらかった。注意を受けるのも小言を言われるのももちろん辛いけど、みんなに迷惑をかけてる事実が一番こたえた。完璧な足手まといだった。そんな自分が嫌でしょうがなかった。
そりゃあ新人だから、迷惑かけながら教えてもらって覚えてくってのは当然の事かもしれないけど、あの店にはそんな余裕はなかった。できるだけ物事を完璧に済ませないと店の回転が追いつかないほど流行ってた。
そんな中の新人だから、文句を言われる事もとばっちりを受ける事も多々あるし、ある人にはたぶん嫌われてた。それでもSATSUKIのみんなはほとんど理不尽なことは言わないし、おこられる時は確かにわたしが悪い時だった。きちんと教えてもくれた。ONとOFFがしっかりしてて仕事以外で話す時はみんなでわいわいして仲良くしてくれた。
だから余計に足手まといが嫌だったんだ。そんな精神的な疲れと、一日14時間働いて週休1.5日(!!)というハードワークのせいで、当時のわたしは酷い顔をしてた。宿がルームシェアで、プライベートの時間がほとんどないというのもしんどかった。聞いた話によると、社長はいつわたしが辞めるだろうかとハラハラだったらしい。

仕事の内容とは別に辛い事があった。SATSUKIで働いてる期間はほとんどフランス語を話す機会がなかったこと。スタッフは一人を除いて日本人だし、フランス人のお客さんとも決まったセリフを繰り返すだけ。わたしは何の為にフランスにいるんだ?こんなに体をすり減らしてお金を稼ぐ事が、たった一年しかない留学中にやるべきことなのか?そもそもフランス語の勉強ってなんなんだ?SATSUKIで働いてる人は学校で勉強なんかしなくてもみんなわたしよりずっとペラペラだ。フランス人と結婚して、フランスに住んで…。仕事もできない、フランス語もわからない、じゃあわたしは何ができるんだろう?わたしがしてる事って全くの無駄で間違ってることなんじゃないの?
っていうめちゃくちゃな考えが頭から離れなかった。訳分からないけど辛すぎて、人目を盗んで何回か泣いた。真っ暗の中ひとりで店のゴミを捨てに行った時、仲良く手をつないで寄り添い歩く夫婦を見て、すっごく虚しくなった。

と言う感じでこの最初の一ヶ月くらいは本当に脳が腐ってた。それでも仕事に慣れるにつれて考えも多少まともなものになっていったと思う。the pillowsをリピートしまくってわたしが出した結論としては、全てを選んでここまで来たのはわたしだということ。さらに選択の権利があるというのはとても幸運な事だという事。つまり、幸せな事に自分で物事を選んで生きれるんだから、自分の選択には責任を持たなくちゃ、と思ったわけ。誰かや環境に文句つけたって意味がない、あとは自分がしっかりやるべきだ。c'est moi qui a choisi.って事。言うまでもない当然の事なんだけど、つい忘れてしまうんだ。だめだよな。だから忘れないように、そう決めたときに目に留まったペンダントを買ってみた。石の5ユーロのしょうもない安物だけど。とりあえずSATSUKIが終わるまではお守り代わりに着けとこうと。

まあなんとかこうとかして、わたしの仕事期間は終わりを迎えたわけです。最後の方は割と楽しく働けた。みんなほんとに仲良くしてくれた。わたしが最後の日に、明日も仕事早いのに一緒にお酒飲んで話してくれたり、プレゼントもらったりもした。いい年の大人がFacebookに友達申請してきてくたり。なんだすぐ帰っちゃうのか連れないな、とか言ってくれたり。地元が近い人は、日本帰ったら連絡するって言ってくれたり。

最初は嫌いだったこのシャモニの谷に、フランスにいる間にこの人たちに会いにもう一度来たいなと思うようになった。本当にたくさんの経験をしてたくさんの事を考えた。そう、わたしはフランスに、フランス語の勉強だけをしに来たのではないんだった。わたしはFranceのChamonixでしか出来ない事をしてきた。それなりにがんばった。

そんな感じで、今日も今日とて留学の日々を過ごしているわたしです。もうそろそろカーンにつきます。久しぶりのわたしの街、わたしの部屋。友達が駅まで来てくれる。気がかりは、共同冷蔵庫の南京錠の番号忘れちゃった事。開けれないじゃん。ていうかわたし中身全部ちゃんと捨ててったっけ?そうじゃなかったら、まあ地獄絵図だなあ。あとポスト見るがとんでもなく嫌だ…。いろんな重要書類でぎっしりな事でしょう。
頑張ります。

ではまた。

2012年5月21日月曜日

5月20日

セーフ、なんとかまだ5月。ご無沙汰ですね。
ううーん 前回からいったい何があっただろうか。
いろいろあったよ、きっと。

ちょっと今日は時間があるからゆっくりモノでも書く気分なんだな。
よし ちょっと紅茶入れてこよう。

さて、前回荒れてからなんとか立ち直り、最近は割と平和に過ごしています。
近況としては1学期が終わって、今は23、24日にあるDELFのテスト勉強期間として
毎日休みです。まあほどほどに勉強をしてる。テストはまあ受かるっしょと調子こいてる最中です。

テストが終わったら、なんと9月までバカンス!
予定はLavalでフランス人の友達がやる風呂敷のエキスポジションのお手伝いに行き
クラスメイトの結婚式のパーティーに参加させていただき
ほとんどの日本人がこの学期を終えたら日本に帰るのでお別れ会をし
ストラスブール、ディジョン、リヨン、あとドイツのバーデンバーデンへ旅行し

そして6月20日から南の方で1,5ヶ月日本料理店でアルバイトします。
冒険まみれ波瀾万丈だな。
なんか予定見ると超楽しそうな人生送ってるなあ、わたし。

それでもやっぱりうまく行かない事は多くて
もう気がつけば留学の3分の1は過ぎていて
どうしようもない 焦る気持ちはおさまらない。


悔しい事に私は器用な人間ではないのだ。
というかわたしは人より不器用で吸収も遅いという自覚がある。
今までなんとかやってきたのはそれなりの努力をしてきたから。
君はセンスがあるねえ、飲み込みが早いねえとか言われてみるみる成長する主人公肌には憧れるけど。新しい事始めるたびにそんな期待もするけど。でもわたしは違う。悔しいけど。

人に追いつくには、人の2倍
人を追い越すには、人の3倍努力すればいい、それだけのこと。

そう信じてまた明日も不器用に生きてみせます。
不安も不平も焦燥もかかえてやろう、あとたったの8ヶ月だもの。
ひゅーROCK!

2012年4月30日月曜日

たとえばTwitterやFacebookで
もうやだ乙 とか 泣きたいw とか書けば、優しい友達が
大丈夫?何かあった?スカイプで語ろー(^o^)とか言ってくれるんだろうな。
本当に心配してくれるんだろうな。ありがたいこと。わたしもそんな優しいみんなが好きだよ。

でもそんなんじゃ何も変わんないんだよ。
例えばわたしが持ってる気持ちや考えを誰かに全部言ったとしても
相手がそれを100%理解するのは不可能だ。だって違う人間だから。

仮に理解してもらえたとして、だからなんなんだ。
なんかが埋まるのか。わたしは誰かにわかってもらいたいのか?

わかんない。

ただ、わたしにも大変な時くらいあるんだ、って
いつもの元気なわたしに言ってやりたいだけ。

バンプだったか、あの時の歌がドアを叩きにくる、って歌ったのは。
いつもの強気を呪ってやりたくなる。ちくしょう。

結局弱気になった時に一番苦しいのは、
こんなことでヘタる自分への失望なんだ。



こんなこと書いてないでさっさと寝て
朝宿題やんなきゃ。

明日はこんな夜じゃないようにしよう。



2012年4月26日木曜日

2012年4月1日日曜日

3月31日

うだうだぐだぐたごちゃごちゃと鬱々としたことを考えて
悲劇のヒロインぶるのが好きなヤツ、
ちょっくら短距離走でもしてきたらどう?
もしくはフルマラソン挑戦したら?
運動が足りてないんじゃないの。

そう、わたしはそんなこと考えないから、運動しなくてもいいんです。しなくても…。


という冗談をTwitterに書こうと思ったけど
当てはまるひとがあそこには多過ぎてやめました。
だからここに。

つまり、運動しなきゃな、という事でした。

2012年3月17日土曜日

3月17日

今日は土曜日。お休みです。
BGMはpillowsでお送りします。

今週は色々ありました。
まず木曜日は、韓国人のクラスメイトに、フランス人友達の誕生日会に招待されて
fêteへ行って来た。バーを貸し切ってお祭り騒ぎ。
知り合いはそのクラスメイト一人。
しんどかった。まじしんどかった。
がんばって話しかけても大概
どこからきたの?→いつ来たの?→何勉強してるの?→いつまでいるの?
はい会話終了!!!ちーーん!
コミュ障?ええわたしの事ですがなにか。

やっぱり「外国人」として扱われるから、向こうもテンプレートな質問しかしてこないし、むずかしい。
会話はできてもおしゃべりはできない。
でもクラスメイトの彼女さんやその友達には、とても良くしてもらった。ほんとにありがたい。

できるだけつっこんで攻めて来たけど、
すごい体力つかったし傷だらけになった。自分の不甲斐なさに疲れた。



韓国人のクラスメイトは日本が大好きでたくさん話してくれる。もののけ姫はやばいよね!みたいな。
でも彼の両親は、やはり日本がきらいみたい。
mais c'est pas grave pour moi. ne t'inquiète pas .って言ってた。

クラスメイトのAはアメリカが嫌い。マックも行かないしコーラは絶対飲まない。なんとかって言う航空会社の飛行機には乗りたくなくてチケット変えた。
植民地にされて宗教改革されていっぱいインディアンが殺されたって。今も川の下に埋まってるんだって。
アメリカ人のクラスメイトたちをAmelicainって呼んでた。
これはわたしにはかなりショックな出来事だった。だってすごく優しくていい子なんだ。
今ではAもアメリカ人の子とおしゃべりもするようになったけど。

フランス人の先生は授業で「イギリスは嫌いだけどスペインはすきです。」って言ってた。授業で。なんてヘビーなジョーク。

平和ボケしすぎたわたしにはなんとも言えない。なんていうか耳が痛い。
ただ〇〇人という区切りははっきりと存在して、わたしは日本人なんだと思った。
これもしんどかった。

そんなわけで昨日ちょっと泣いた。さみしさもまじって。

そのあと例のふらんこじゃぽねでおしゃべり会があって行って来た。フランス語まじり日本語まじりでおはなし。単純に楽しかった。だいぶ気が晴れた。
なるほど、息抜きの場所も必要なんだな。
落ち込みながら授業受けた時は、ほんとに何も聞き取れなかったもの。
暗い気分で居続けてもいい事なんてない。

で 昨日フランス人の友達にカポエラ会の集まりに来てみないかと誘われた。
また単身、フランス人の中に突っ込むわけか、しんどいなどうしようかな。
て思ったけど、迷った時はやってみることに決めた。さっき。

というわけでまた今夜もお出かけ。
このイベントを夜に行う習慣だけはなんとかならんのかな、フランス人。
夜はゆっくりしたいよ。しゃあないね。





2012年3月5日月曜日

3月4日

今日は洗濯しようと思ってたのに
jetonは土日は売ってないらしくて、結局出来なかった。
学習した、次からは平日に交換しておこう。


こっちに来てからもう一ヶ月以上が経過しましたね。
もう。
てことはあと10ヶ月しかない。


と思ったら急に焦りだしてしまった。
だってわたしはこの一ヶ月で何を手に入れたんだろう?
そりゃいろいろあるけど。


ここ最近はフランス語でジブリ映画を見る事にはまってました。
そしたら魔女の宅急便の内容がわたしの状況とやたらとかぶってて
キキにすごい感情移入してしまった。無駄にパン屋とか入りたくなった。ていうか入った。


「わたし修行中の身なんです。魔法がなくなったら、なんの取り柄もなくなっちゃう!」
そう。わたしにはフランス語しかない。あとはないのです。


でもそのフランス語も思うようにはいかず、というか上達の実感がなく、
つきひばかり過ぎていってる気になってしまう。絵描きの女の子はやってこない。


あせってもいいことはないから、落ち着かねば。
実際この一ヶ月で生活に馴染んで、フランス語を学ぶための布石はいろいろ打った。
耳も慣れてきてるはず。まだまだこれから。


日本人グループとしゃべってると楽しいしプレッシャーがなくて楽だけど
(そう、実はそれ以外は常にプレッシャーに押しつぶされそうになりながら会話してるのです。情けないことに。)
わたしはそこにいたら駄目になるから、入り浸ったりは絶対しないと決めた。活用はさせていただくけどね。


それでもそれなりに遊んで楽しみながら生活してます。この前はAlençonという街に行ってきました。友達のおうちに。
とても楽しかったのです。なんだかんだ言って幸せです。




わたしのいい所は、まちがいなく前向きな所。
楽しい時も悲しい時も、明るい音楽を好みます。
鬱々とした曲ばかり聞いて悲劇のヒロインぶるようになったら、人間終わりね。






最後に写真でも。
カーンの街

















カーンの猫(イケメン)



















晩ごはん。料理楽しい。






























さあ あしたからまた授業が始まるよ。がんばろう。

2012年2月20日月曜日

2月19日

お久しぶりです。なんだかんだでもう二月も後半。
あれほど頻繁に更新してた頃を考えると、こっちの生活もだんだん充実してきたんだなあと。


でもたまには、未来の自分へ近況報告といいますか。
記憶力の乏しいわたしは文に残しておかないと忘れちゃうからね。


最近の授業には慣れてきました。未だ聞き取りは悪いけど、作文ははたまにほめられる。
さすが日本人。


でもフランス語に触れるのって本当に授業内だけ、って感じでちょっとものたりない。
クラスのアメリカ人は、かたまって英語コミュニティ作っちゃってるし。
ほんとなにしに来てんの?
中にはフランス語で話しかけてくれる子もいるんだけど。


まあその大半がわたしよりフランス語達者という厳しい現実です。


ふらんこじゃぽねっていう日本人とフランス人のサークル?にも入ったけど、正直微妙。
そこもフラ語まじりの日本語で楽しくおしゃべりって感じ。
なにより、みんなおバカっぽい…。年上には思えない、高校生みたい。いかにも外国に来て浮かれた学生って感じ。
ここも、なにしに来てんの?
中にはしっかり自立してお話出来る先輩も数人いるし、フランス人はみんないい人でおもしろいんだけど。
うーん、
まだしばらくは様子見だなあ。
フランス語に触れる機会がよそで出来たら、やめるだろうな。


クラスで仲良くなった人は28歳と44歳でした 笑 みえない。
それぞれの母国語なまりで話すから、お互い割りとチンプンカンプンだけど
けっこう楽しい。
二人とも頑張り屋だから上達早いだろうな。わたしも頑張ろう。


今日はそのふらんこじょぽねで、隣街のカーニバルへお出かけしてきた。
カーニバルは日本のお祭りをポップに陽気にしたようなもの。
おみこしじゃなくて、でっかいなにかが仮装した人たちと街を闊歩します。
紙吹雪が尋常じゃないくらい舞ってた。たぶん掃除なんかしないんだろうな。
愉快だった。
しかしこっちのひとの仮装って、サマになるなあ。日本人がやったらギャグだもの。





































でも実はカーニバル自体より、行く途中の電車から見た景色の方がお気に入りで。

畑でも何でもない草原がザアって遠くまで広がってて、
ぽつぽつと民家やサイロや集落なんかがあって、
馬や牛や羊も放牧されてたり、みたことない木が生えてたり。

今になってやっと外国にきたなあ、という気になった。日本にはこんな無駄な土地はない。
そんな辺境の地で電車が止まるとつい降りたくなっちゃったけど、ここは我慢。
すっごくきれいだった。

人によると、南に行けばこの景色は山脈になるらしい。旅をしたいな。



今日はいい夢がみれれますように。

2012年2月5日日曜日

2月4日

今は2フランスは午後9時。

無事ネットもつながり、落ち着いた。
つながったばっかりの時のわたしと言えばひどいものでした。やっとみんなに連絡できて、たっちゃんと連絡とれたら、今まで平気だったのに急にさみしくなった。
しかもネット環境が安定してないから何回も繋がらなくなって、その度にもう二度と繋がらないんじゃないかって不安になって怖くなって何回も泣きました。
学校が始まったばかりで、知り合いがほとんどいない状況で心細かったのも相まってね。


今ではネットのコツも分かってちゃんと繋がるし
なんと諦めかけたスカイプもできたのだ。
本当によかった。これなら一年やっていけそう。やっていこう。たっちゃんパワーは偉大である。

生活の方にも慣れてきた。
まずは授業。
アメリカ人4人、ノルウェー人、モンゴル人、韓国人、ベネズエラ人、あと聞き取れなかった国籍の方数名で日本人のわたし。
始まったばかりの時は、みんな超聞き取るしペラペラしゃべりよる無理ついてけねー!!って思ったけど、
落ち着いて聞けば、実は文法無視で勢いのみでしゃべってることが判明。
しかも恐ろしく母国語なまりの。
(人の事はまったく言えない。)
聞き取ってくれる先生がすごいんだな、やっぱり。

ああいう度胸は是非見習おうと思った。
まあ本当にペラペラな人も中にはいるのだけどね。

精進せねば。

一人?暮らしも板についてきて、道具も揃ってきたから
普通にいい生活を送っています。意外と。

偶然知り合った日本人の先輩に親切にしてもらえて
(この人がほんとに朗らかでかわいくて天使のようである。)
一緒に映画見たり、物資を分けてもらったりした。
本当に助かったしもう大好き。大感謝。

ここの不便な台所事情にも慣れて、料理も効率よく出来るようになってきた。
ちゃんとした温かいものが食べれるって素敵ね。料理がすきでよかった。
きのうはカレーもどきをたべました。おいしかった。

ただ昨日今日と休みだった訳だけど
日本では土日は基本バイトしてたわたしにとって
二日のなにもない休みと言うのはとっても手持ち無沙汰で
食べてはネットしたり、食べては本読んだり、食べては昼寝したりして過ごしてた。
気がついたら夜になってて、短いような長いような妙な感じだった。

うーむ、やっぱり一年って途方もないのかも。
と思ってしまうね。
今だけか。もっと慣れたら毎日が忙しいかな。

まだわたしには先がみえない。
まあでものんびり構えてやりますよ。

BGMはペトロールズの夜中の数学。

2012年2月2日木曜日

30日


カーンでは夜中に人知れず雨やら雪やらが降るみたい。だって昨日の夕方までは晴れていたのに、朝になってみると外はぐっしょり。水溜りもできてる。

あ、でもまた雪降ってきた。
夜に雪が降って朝には溶けるのかな。

今日はオリエンテーションです。10:30から。
もしかしてこれからの授業もこんな感じなのかな。いやん朝ちょー楽じゃん。
ちなみにフランスは朝9時を過ぎてやっと空が白み始めるくらい。外にはランニングしてる人以外は見当たらない。代わりに夜は1月にもかかわらず6時くらいまで日が残っています。変なの。

BGMはJim hall でした。行って来ます。



サラに恋をして
オリエンテーション行って来ました。何言ってるか全くワカンネー!生徒のみんなも英語で仲良くおしゃべりしないでー!
昼で終わったので、帰ってきてスープ作りリベンジ。今度はうまくいきました。おいしい。
ここで初めて会ったオサムがあまりにもフレンドリーだったから結構なギャップなんだけど、普段みんなは廊下や台所で人と会っても短くBonjour だけみたい。
で、みんなまともな料理はあまりしないらしく適当になにか茹でて部屋に持っていって食べてる。
これはちょっと残念。みんなと仲良く料理したかったなあ。

と思いながらジャガイモ煮込んでたら、台所に一人の女の子がBonjourって素敵な笑顔で入ってきた。
その子はおもむろに袋からフライパンとフライ返しをだし、いっぱいに詰まった冷蔵庫から食材を取り出した。

この子料理する!しかも優しそう!
なんかどきどきして(芋が煮上がったことを自分の言い訳にして)わたしは部屋へそそくさと帰ってしまいました。ばか!

次会ったらきっと話しかけよう…!
勝手に彼女をサラと名付けました。おわり。

30日 夕方
それから学生証作ったりなんなりした。これでネットを繋げるためのIDとパスワードはゲットしたのだけど、どのみち明日の朝にならないと使えないらしい。なのでケーブル購入の旅はまた翌日に持ち越し。連絡とれない日々が続く。いろんなひとに心配かけてるのだろうな。

代わりにまた近くのスーパーへ買い出し。ティッシュと胡椒と…卵!タンパク質タンパク質!
まったく、下手に栄養学とかやるもんじゃないね。

今週は授業半日で終わるみたい。徒然草もびっくりのこのつぶやき大全集もそれまでは続くかな。
あ、通常授業は8時半からだった。ぎゃふん。