大晦日らしく今年を振り返りましょう。
2011年。
3月7日。日付まで覚えてるものだ。屋久島に行きました。
度胸試しがしたかったのね。一人旅ということで体力をつけて行かねばと思い、その日のためにランニングまでしたっけね。ここよりずっと南だから暖かいと思ってたのに普通に寒かった。まったくもって期待はずれだった。
飛行機で鹿児島まで行って、船で屋久島へ。それからレンタカー借りて一人で島一周。道狭いしナビないし猿や鹿に占拠されてるし恐ろしい悪路だった。その時車でcocco流してたから、今でもcocco聞くと恐怖を思い出して不安になるのです。でもわくわくもする。寝る前にはきけないな。cocco好きです。
白谷雲水峡も登山した。きれいと聞いた渓谷や浜も行ったけど天候悪くて大荒れだった。一人で荒れ狂う自然見てたら怖くなった。でも島の西側で少し雲が切れて、崖から見下ろす海に光が注いでたのを見た時、なにかが分かった。なにかが。
うそだけど。そんな小説みたいなこたないけどとりあえず凄かったのだった。きれいだった。
民家のような宿に泊まって、歯ブラシが置いてなかったから買いにいこうとしたらコンビニもなく(屋久島にはコンビニというものは存在しないらしい。)、キシリトールで一晩をやり過ごした。食堂もないから近くのシャレた店に行って、バーテンさんと常連さんとおしゃべりした。登山中に出会った男の人と帰りの船でまさかの再会。
いろんな人と出会って会話をした。今でもそのほとんどの人の顔を思い出せるのです、内容は覚えてないのに。不思議。
今までにないタイプの旅でした。あそこは、観光地を巡るための場所でもきれいな景色を見るための場所でもないな、と感じた。いいところだった。もっと大人になったらまた行きたい。
屋久島旅行記を綴ってる間に2012年になっちゃった。ま いいか。
あけました。
屋久島から帰ってきて2日後に地震があった。
援助については偽善とか自己満足とか売名行為とか色々な批判の声があがったけど。
動機が純粋だろうと不純だろうと被災地の方の助けになることをしてなにが悪い、とわたしは思うのです。そんな状況じゃねえでしょうよ。そんな遠い所からうだうだ言ってんな中二病、ってイライラしたものだ。なんて言うわたしも、実際はたいした額の募金もしてないしボランティア活動もしてない。ぬくぬくと布団でキーボード叩いてんのね。はあんはあん。
怖いからなんにも言えないしできない。わたしにはなにか発言できるほどの権利はないように思う。
とか言うのも逃げなんだろうな。まいった。
無理
思考まとめんの無理。むりぽ…
でもエアコンをつけるときの、あの後ろめたさみたいなものは
多くの人が感じたんじゃないだろうか。
ねえ。
八月には父方のおじいさんが亡くなった。
最後に会ったのはいつだったか。小4くらいかなあ。数えるくらいしか会った事なかった。
今思えば名前も知らないんだ。
記憶の中のおじいさんはふくよかな方だったけど、眠ってる姿は全く違ってて驚いた。
人ってあんなに縮んじゃうのか。細かった。すごくショックだった。
物心ついてからお葬式行ったのはこれがはじめてだったから、なんにも事情が分からなくて恥ずかしかった。
本当に焼くのね。本当に骨だけになるのね。
なんていうか。すごく不謹慎だけど、なんだか不思議だった。
ああ
もう寝なきゃ。最近さらにクマがひどい。んんんんん
あとはわたしが留学行く事になって
自分のがんばりにかかってるってだけだ。
今年もがんばろう。

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