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2015年5月24日日曜日

カンネンチンネン

さて。
そうこうしている内に、帰国日はもう明後日に迫っています。2015年1月から5月末までの今回の留学。これまで2回しかブログ更新していなかったので、ここで振り返ろうと思います。

 今回の留学は、前回にくらべて苦しみが少ない日々だった。前回の留学でのわたしの苦しみの種は、劣等感から生まれていたとおもうんだ。フランス語を思うように話せず口ごもる私に対し、間違いを臆さずペラペラおしゃべりする英語圏・欧州のクラスメイト。ムツカシイ社会情勢の話題を振られて、焦って何も答えられなかったことも。そんな時はあとからあとから、ああ、こう言っておけばよかった、こんなこと話したかった、なんて後悔が無数に湧き出てきたもんだ。その夜は部屋で一人イヤホンをつけ、大音量でback hornの運命複雑骨折を聞いてベッドのうえをのたうち回った。自分は同年代の友人たちより、フランス語力も思考力も知識量もすべて劣っているように感じられた。

 今回の留学の目的は語学習得ではなくて、人間的成長という曖昧なものでもない。修士論文を書くための情報収集が最優先事項だった。その目的が達成されるなら、授業での評価は重要じゃない。意地になって外国人の友人づくりに勤しむ必要も無い。わたしと全く同じ立場で同じ研究をしている人は少なくとも私の周りにはいなかったから、自分の能力を比べる相手もいなかった。だから劣等感に苦しむこともほとんどない。私自身が歳をとり身の程を知って、"できない"という事実に向き合えるようなったことも大きいと思う。あの頃の私はもっと幼くて、自分の力を過信していたんだな。それが今では肩の力も抜けて、フランス語を気楽に話せるようになって、結果的に語学上達にもつながったんじゃないかな、と思う。
 ただ自分と同じ境遇の人がいないということは、すべて己で道を選んで進んでかなければいけないもので。誰かが正解を教えてくれるわけでもない。努力を向ける対象も、方法も何もわからない。コンパスも持たずに小舟で一人、大海原を漂流しているような不安がずっと胸にあった。自分なりにこっちだ、と決めて船を漕ぎ続けても、実は陸からどんどん離れて行っているのかもしれない。正しい方向を知る術はない。それでも同じ場所に居続けるだけでは、いつか食料も尽き、タイムオーバーになってしまう。水平線しか見えなくてもとにかく漕ぐしかないのだ。わたしは結果的に100人にアンケートを取ることに成功してそれなりのデータも確保できたし、参考になりそうな文献も手に入った。でもこの進んできた方向が間違ってたら?もう引き返すだけの食料は残ってないぞ、と。まあ、インドを目指していたとしても、アメリカ大陸を発見できればそれはそれで大きな功績になるのでしょう。とにかく自分の知識と知恵と勘を頼りに舵をとり、船を進める以外ないのだ。タイムリミット内にどこか陸に着かねば。

努力を向けるべき"対象"が明確に決まっているということは、それはそれは気楽なことだったんだと知った。

 こんな漂流生活でもそれほど悩むことなく楽しく過ごせたのは、よくしてくれた友人たちのおかげだ。間違いなく。トゥールーズに到着してしばらくはなんだか寂しくて、無気力で、日本のみんなのことを考える夜が多かった。
 いや、じつはこれも私なりの成長だと思っていて。離れて寂しくなるほど好きな人たちができたということで。自分は基本的に、人にも物にもあまり執着をしない人間だと思ってたし、事実前回の留学中では日本に帰りたいと思う日なんて全くと言っていいほどなかった。他人と付き合うことが好きになったし、みんなのことを大事にしたいと思えるようになってきている。いいことだ。
 とにかく、こちらフランスでも、決して多くはないけど、優しい友人に恵まれたことにとても救われていた。研究を言い訳に部屋に籠もりがちなわたしを外に連れ出してくれた。たくさん話して笑ったし、一緒に料理をしたり、旅行をしたりもした。彼女たちとは、まるで日本語で話してるみたいに、なんの気負いもなくフランス語で話せた。頼みごとも幾つか聞いてもらった。
 荒川なんとかじゃないけど、わたしは人に借りを作るというか、見返りなしに何かを善意でしてもらう事に苦手意識をもっている。自分でできることは自分で、他人の手を煩わせることなく、物事を解決したいと思っている人間だ。それはこれからも変わらないけど。でも、証明写真用のシャツを借りたこと、ノートを見せてもらったこと、部屋に泊めてもらったこと、寮の退出手続きを代わってもらったこと、空港まで付いてきてもらったこと、友人の助けなしに一人だったらもっと苦労していたと思う。"お願い"なんて幼稚園児でもできることが、変な意地や見栄に邪魔されて、こんなにも難しく思えるんだから、大人という生き物はやっかいだ。そんな中、かっこ悪い姿をも晒せる、信頼のおける数少ない相手は大事にしなければと心から思う。
 日本に着いたら、きっと何か送ろう。新年の挨拶のメールなんかも毎年だそう。自分から、つながりを維持させるようにしよう。相手のリアクション待ちなんて卑怯なコミュニケーション方法はもうやめるのだ。

さあ
観念的なお話は一旦ここまで。次からはもうすこし具体的な体験談をかこうとおもいます。
Canal de Brienne




























la Garonne

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